ビニール袋の全盛期

エッセイ

インターチェンジから眺める富士山
もしいきなり16世紀の日本とかにタイムスリップしたとして、「Lサイズのビニール袋」を持っていたらすごく重宝されるんじゃないかな、と思った。もしかしたら殿様に会えるかも!

水を汲んだり、臭いものを包んだり。こんなに軽くて薄いのに、水もにおいも漏れないんだぜ。バッタもイナゴも入れられるぜ。そして調子に乗って見せびらかして、穴があいてボロボロにやぶれて、ビニール袋も自分も無価値になる。「なんだ、そんなものかよ」と、あんまりえらくない武士にぶった斬られるワタクシ。

ビニール袋の最も優れている点は、あれだけ機能的なものを、とてもおざなりに扱えるというところだ。つまりは物量なのだ。破れたら別のを使えばいい、という精神。あんなに素晴らしいものを、コンビニでもらえるなんてすごい。しかも、お店によってプリントの色もデザインも違う。おしゃれ。

昨今、スーパーなどでビニール袋を有料化しているところが増えている。きっと、その影響で世の中に出回るビニール袋は少しずつ減っていることだろう。数年前の、大量でおざなりだったころのビニール袋を、彼らの輝かしい全盛期を、人間たちは少しずつ忘れていく。

街のにおいや、曲にならなかったメロディと同じように、人間たちは少しずつ忘れていく。

この記事を書いた人
七里ガ浜で笑う筆者

Mediumbuddha

1989年、北海道札幌市生まれ。ミュージシャン・作家・Webディレクター・ライター。お酒と料理、釣りやクロスバイク、映画に落語が大好きです。

このブログは、甥や姪が18歳になったときに読ませられるような文章を、個人的な経験や記録を絡めて、誰かの力になるように心をこめて書いています。

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2018年11月16日エッセイ